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「僕はこんなことを考えている」を考える

ドロップアウトした高校時代に、なんとなく本を読み始めて、その時はそんなに思わなかったのだが、後で考えると、 ああ救われたなあ、と思うことがある。
毎日が鬱屈としていて、だけど何をしていいのかもわからない時間を重ねて、ある日ふと気づいたのが、 ああ、僕は考えすぎなんだなあ、という事だった。

しかもそれが何かの役に立つ研究とか、日々の学問の応用であれば良いのだが、困った性分で、 相手の言い放った言葉の意味とか、相手がどう自分を評価しているかとか、全ての女の子に好かれる方法はないのだろうかとか、 そんなどうでも良い、いっさいがっさいを頭の中のミキサーに入れて ぐるぐるとかき回すものだから、いつも薄気味悪い色をした物体を頭の中に抱えてしまっているようで、 何だか嫌気がさしてしまったりしていた。

思春期の戸惑いと言えば聞こえは良いが、何もできない人間が、ただ何かをやりたくて、でも何もしない、 そんな幼稚な自分を感じることで、僕は自分への劣等感に苛まれていたようだ。
本はそんな僕にいくつかの光を呉れた気がして、僕は随分と本を読んだ。
そして僕は本を読むことで、少しずつではあるが、考えるということがとても大切なことのように感じ始めていた。
僕の考えは、自分の欲や希望みたいなごくごく個人的な、他人が見てもしょうもないことなのかもしれないのだが、 僕は本に書かれた色んな考えに触れることで、考えるということは何だか楽しいことのように思うようになっていた。
そしてどんなくだらない考えでも、誰かがそれで影響を受けるかもしれないし、誰かが楽しんでくれるかもしれない。
そんな端迷惑な考えを持つようになっていた。

大学を卒業してしばらくはそんな考えが頭をもたげることはついぞ無かった。
別に忙しかったからではなく、そんな必要が無かったからだと思う。
だけど相変わらず考えは巡り、毎日それはもうくだらないことを考え続けてきた。

そろそろ人生の折り返しに差し掛かり、僕はこの考えを外に出してみよう、と思うようになった。
きっかけは、大好きだった中島らもさんの鬼籍入りである。
僕は中島らもさんの本を学生時代に読んで、なんてくだらなくて楽しいんだと感動をしたことがあった。
そんならもさんの本をもう読むことができないというガッカリ感を埋めるため、僕はなんとなく書き始めようと思った。

「僕はこんなことを考えている」
タイトルのとおり僕は色んな「こんなこと」を考えていますが、それは掃いて捨てるようなただの日常に過ぎません。
そして日常だから目新しいことはきっとありません。
記されるのは目新しいアイドルの話かもしれませんし、日進月歩の科学の話かもしれません。
街で見かけたバカップルの話かもしれませんし、南シナ海に浮かぶ孤島の話かもしれません。
僕はごくごく普通に生きている、そのへんにいる唯の人なので、書いてあることを読んでも何も響きません。

だけど、ひょっとしたら書き散らした中に、学生時代の僕のように光を見つけたり、 他人の考えに触れて楽しいと感じることがあるかもしれない。

何をするにしても、楽しいことはとても良いことのように思います。
僕もなるべく楽しめるように書いていきます。

楽しめなかったらすいません。

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作者紹介
■ペンネーム:木川 雑多
1973年大阪生まれ ♂
学生時代に選んだバイト先のビデオ屋さんで、映画の素晴らしさに触れ、 うざいと分かりながらもしたり顔で映画批評をしてしまう。
■お住まい:日本の真ん中あたり
大阪を離れて幾年月。「でんがな」から「そうだがや」の街に移りもう10年以上経過しています。。。
■職業:会社の奴隷兼週末アフィリエイター
ちょっと興味を持っていただけたなら、 ブログを見てくださいね。